佐賀・呼子と言えばイカ。多くの人がそう即答するほど、この町とイカの結びつきは強いものです。単なる名物グルメというより、九州が育んできた食文化そのものだと感じています。
今回は、呼子のおとなり、唐津市鎮西町にある「大和」というお店で、イカの活き造りをいただいてきました。この記事では、お店そのものというより、そこで出会った呼子のイカ文化について書いていきたいと思います。
なぜ呼子はこれほど海の幸に恵まれているのか

呼子が海の幸に恵まれているのは偶然ではありません。玄界灘には対馬海流が流れ込み、栄養豊富な環境が整っています。壱岐水道の外海漁場、唐津湾や伊万里湾の内湾漁場、どちらも日本有数の好漁場として知られており、その恵みを享受できる天然の良港として呼子は栄えてきました。この土地の条件があってこそ、新鮮なイカが毎日水揚げされているのです。
「活き造り」という文化はどう生まれたか
今でこそ「イカと言えば呼子」と言われますが、この結びつきは大正時代や江戸時代からのものではありません。活き造りが呼子で提供されるようになったのは昭和44年頃のこと。町内にオープンした魚料理店が出したイカの活き造りが評判を呼び、他の店もこぞって取り入れたことで、次第に呼子全体の名物へと育っていきました。半世紀ほどの歴史の中で、一つの町のアイデンティティにまで育ったというのは、考えてみるとかなり特異なことです。
透明なイカに、初めて出会った日

呼子で初めてイカの活き造りを目にしたとき、まず驚いたのはその透明感でした。身がガラス細工のように澄んでいて、皿の上でまだ小さく動いています。まさかイカの身がここまで透明なのかと、驚きと同時に感動がこみ上げてきたのを覚えています。
この透明さは鮮度だけで生まれるものではありません。イカは水分や体温、時間の経過にとても敏感で、手早く的確に捌かなければすぐに白く濁ってしまいます。つまり目の前の透明な身は、水揚げされたばかりの鮮度の証であると同時に、料理人の腕前の証明でもあるのです。
実際に食べてみると、噛むほどに甘みが増していきます。新鮮なイカほど、甘みのもとになる成分が豊富に残っているためで、鮮度が落ちればこの甘みも一緒に失われていくのだそうです。歯応えのある食感、そして臭みのなさも同じ理由です。生きたまま捌くことで、生臭さの原因になる変化が進む前に食べられます。「噛むほど甘い」という体験そのものが、その場で仕立てられた証拠なのだと思うと、一口ごとの味わいがまた違って感じられます。
一杯を余すことなく——刺身、天ぷら、しゅうまい

呼子の活き造りが面白いのは、一杯のイカを何段階にも分けて楽しむ「食べ方の型」があることです。
まず刺身。ここで欠かせないのが醤油との組み合わせです。九州の醤油は甘みが強いことで知られており、イカ自体の甘みに、醤油側からも甘みが寄り添います。両方が甘いのに喧嘩せず、むしろ調和する。これは九州ならではの取り合わせだと思います。
刺身を味わったあとは、下足を使った天ぷらへ。塩と青海苔でいただくと、磯の香りが広がって余韻を楽しめます。一方、天つゆに大根おろしと生姜を添えれば、脂と衣の重さが洗い流され、さっぱりとイカの甘みを感じ直せます。同じ天ぷらでも、香りを足す食べ方と、後味を整える食べ方の両方が用意されているのが面白いところです。
さらにいかしゅうまいが添えられることもあります。刺身が身の食感を楽しむ料理、天ぷらが衣で香ばしさを足す料理だとすれば、しゅうまいはすり身にして旨みを凝縮させる料理。同じ食材でも調理法によってこれほど表情が変わるのかと、あらためて感じさせられます。
250年以上前から続く、地元の醤油

刺身と一緒に出てきた醤油のラベルには「創業明和6年」の文字がありました。西暦にすると1769年、江戸幕府10代将軍・徳川家治の時代にあたります。調べてみると、唐津市魚屋町にある西ノ木屋醤油醸造店の屋号だと分かりました。
公式サイトも通販もなく、ネット上ではほとんど情報が見つかりません。おそらく地元の飲食店に長く卸してきた、知る人ぞ知る蔵元なのでしょう。唐津の老舗醤油メーカーの資料にも、この店が明和6年創業であるとの記述があり、唐津の醤油業界の中でもかなり古株にあたる存在であることが分かりました。
250年以上前から続く醤油が、旬を迎えたイカにそっと寄り添う。呼子まで足を運ばなければ出会えない、そんな一皿の脇役でした。
呼子のイカは、九州の食文化そのもの
漁場の恵み、半世紀かけて育った活き造りという文化、料理人の腕、一杯を余さず楽しむ食べ方の型、そして脇を固める老舗の醤油。これらが幾重にも重なって、初めて「呼子のイカ」という一つの食文化になっています。
「美味しいイカを食べに行くなら呼子」と、多くの人が迷わず口にします。その言葉の裏には、こうした積み重ねがあるのです。
今回訪れたお店

いかの活造り 大和
住所:〒847-0401 佐賀県唐津市鎮西町名護屋1445-4
電話:0955-82-3643
営業時間:11:00〜19:00(イカの入荷状況により変動あり)
※イカが無くなり次第、または天候による入荷状況により早く閉まる場合があります。ご訪問の際は事前にお電話でのご確認をおすすめします。
